山梨に残る信仰の跡

中山金山遺跡に見られる日蓮宗信徒の石造物

山梨に残る信仰の跡

山に囲まれた山梨県にはさまざまな信仰の地があります。その1つである身延は、日蓮宗総本山久遠寺の門前町の役割を果たしています。中山金山遺跡にも日蓮宗信者の石塔が見られ、中山金山に生きた人たちにとっても信仰が根付いていた様子を見て取ることができます。

身延山久遠寺

日蓮宗の開祖である日蓮は鎌倉時代に生きた仏教の僧侶です。日蓮は当時の鎌倉幕府と対立し、一旦死罪を言い渡されつつも佐渡に流罪になりました。3年後に罪が解かれて鎌倉に一旦戻ったものの、その後、当時の久遠寺周辺の波木井地区の地頭であった南部実長の招きにより身延山に入山します。以降、身延山は日蓮宗総本山として信仰の地となりました。

そして、河内路をはじめとする甲斐九筋は、日蓮宗の信徒が身延山に訪れるための巡礼の道の役割も果たしました。

さて山梨周辺には山に対する信仰である山岳信仰の跡が各地に残ります。

身延山の西側には、七面山がそびえ、その山頂近くには日蓮宗寺院の1つである七面山敬慎院が鎮座します。この七面山は日蓮が身延に入山する前は、山岳信仰の霊場として修験者による修行の場でもあり、日蓮がこの地に来てから日蓮宗の寺院になりました。

何より山梨県には日本一高い富士山があり、富士山は古来より噴火を繰り返してきました。 人々は、富士山を神が宿る山として、富士山の麓に浅間神社を建立しました。そして中世になると富士山は山岳信仰と密教等が習合した修験道の道場となりました。

他にも、山梨・長野県境にある金峰山を奥宮として祀る金櫻神社や国師岳を奥宮とする那賀都神社など、山に囲まれた山梨県は山岳信仰に関係した寺社も数多く存在します。